Mom & Sons Natural life

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地震その後

11日の3時前、突然の大地震。職場の食器棚から瀬戸物が飛び出し、割れる。大きな本棚がゆれると同時に倒れる。棚においてあったスキャナーも1メートルほど飛び出し、床にたたきつけられ壊れる。私は自分の机のモニターを手で倒れないように押さえるだけしかできない。そして長い揺れのあと、片付けを始めていたら、また大きな揺れが襲ってきて、職場の方が、外へ避難しましょうと声をかけてくれて、みんなで建物の外へ。そのあと、心配で自宅へ電話するも電話が通じず、その日は仕事をそこでやめて自宅へ帰ることに。

帰ると母は、自宅に居ず、田んぼの方へ義母とともに避難していたとのこと。家に一人でいると怖くていられなかったそう。また激しい揺れで気持ちが悪くなってしまったそうだ。

その後も余震は続き、夕方も夜も夜中も震度4くらいのものが来るたびに起きるので、なかなかよく寝られなかった。

ちょうど食料品も生活用品も買ったばかりだったので、節約すれば5日くらいは買い出ししなくても良かったので助かった。スーパーに物資が必要量届かないので、すぐ売り切れてしまっているみたいだった。閉めているお店も多く、停電や断水の影響ですぐ食べられるものに人々が殺到した。ちょうど我が息子も11日に学校があって、地震があったとき、高田馬場だった。もちろん電話も通じず、とても心配したが、彼から家の電話に電話があり、無事だから心配しないでということだった。そしてJRや地下鉄がすべて動いていないから、徒歩で友人宅へ移動して一晩泊めてもらえることになったということ。それも本当に友人に感謝。結局、翌日になってもJRの常磐線は途中駅までしか運行していなく、それでも上野駅に向かうも駅の近くに近づけないほどの人で息子は常磐線をあきらめ、つくばエクスプレスの起点駅である秋葉原へ。八潮という足立区の駅まで運行しているとのことで、私が八潮へ車で迎えにいくことに。結局、途中携帯が通じて(何回かかけてやっと通じる状況)千葉の流山おおたかの森駅まで運行されるとのことで、そちらに向かうも片道2時間半。いつもなら高速を使えば45分くらいでいける距離なのに、高速が閉鎖されているのと、車を使う人が多くて大状態になっていた。

でも、東北地方の方々の様子をニュースで見るたびに、心が痛む。一瞬の間に、家族や家、すべてのものが津波でもっていかれてしまった。村ひとつがすべて破壊されたところも少なくない。それでも一人でも多くの命が救われることを切に祈ります。

また日に200回ある余震がこれ以上大きな地震をもたらさないことも祈っています。
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by mitoyothidemasako | 2011-03-15 09:03 | Etc